『ヒットの設計図』を読んだからこの感想文をバズらせることができる (#563)
何かを発信している全人類の疑問、
すなわち「バズるためには」
「モネの絵って大人気だけど、マイナーな絵だって十分上手い。芸術的な評価って誰が決めるのよ」とか、
「ある曲は100億回再生されて、ある曲は1万回も再生されない。ネットによって選択肢は増えたハズなのに、どうして皆が同じ曲を聴くのだろう」みたいな、
ヒットとノーヒットの間にある隔たりについて色んな事例から紐解いた一冊。
結論
結論から言うと、人気の理由は「それが人気だから」というオチだ。
なんて身も蓋もない……と思うけれど、驚きかというとそうでもない。
正直皆もなんとなく分かっていたことっすよね(これが大事)
この本の真価もここにはなくて、じゃあどうやって最初の人気が生まれるのかって部分に余地がある。
人はなじみのあるものを好む
これが、本書の最初のテーマである。消費者のほとんどは「ネオフィリア(好奇心が強く、新しいものを発見したいと思う)」であると同時に、重度の「ネオフォビア(あまりに新しいものを怖がる)」でもある。
いきなり書かれているのは、「人は斬新なものなんてそう望んでいない」という悲しい習性についてだ。
例を挙げるなら、スターウォーズもハリーポッターもそれが真に革新的な作品だったから大ヒットしたわけではなくて、
むしろある程度なじみの「型*」があって、その上で宇宙や魔法という新しいスパイスが加わっているからヒットしたというわけだ。
*平凡な暮らしをしていた主人公が実は凄い人物で、個性豊かな仲間とともに強大な敵を倒す、というアレ。
この「型」があるから僕たちは安心してその作品を選ぶし、「型」を大きく外れた新しすぎるものは警戒してしまう。
新しすぎると、ハリーの子を身籠ったハーマイオニーがホグワーツ中退してフライドチキン屋を開く話になったりするんだけど、それを望んでいる読者がどこにいるよってわけで。
SNSやメディア記事に関しても、自分と対立するような意見よりも自分の言いたいことを代弁してくれつつ多少目新しいフックがある文章の方が圧倒的に好ましい。
すごくわかる。
偶然にせよ意図的にせよ、「少しだけ新しい」のが丁度いいわけだ。
「口コミで人気に」の嘘
(動画の拡散は)1対1のシェアが1万5000回起きて広まったのではなく、3人の著名人が1度に100万人とシェアできる力を持っていたことが主な理由である。
ヒットしやすいコンテンツは分かったとして、それが実際にヒットするかはまた別の問題ということになる。
優秀な選手でもスカウトの目に留まらなければ出世はないわけで、ヒットの世界ではその可能性は面しているコネクションに大きく左右されるとのこと。
「口コミで人気に」という文脈はネット時代によく見るけれどそれは嘘で、大ヒットはその過程のどこかで必ず大きな発信力・局所的なコミュニティを経ている。
ピコ太郎のジャスティン・ビーバー然り、Facebookのハーバードコミュニティ然り、
1対1でドミノが倒れてヒットになるのではなくて、並んでいるドミノをチューバッカがメチャクチャにするみたいな転換点がないとヒットにはならない。
そうですね、要するに運ゲーです。
まとめ
刺さるテーマが多くて良い本だった。
自分も何かを発信しているわりにはマーケティング的なものって「粋」じゃないと舐めているところがあったのだけれど、狙ってヒットを打つ技術ってのもスキルポイントを振った人間だけの技術なんだなと。
けれどこの本の1番凄いところは、内容の大半が「なんとなく分かっていたこと」だという点だったりする。
「人気の理由は人気だから」「ヒットはある程度運ゲー」みたいなポイントって冷静になると知っとるわって話なのだけれど、
これぞまさに「理解可能な範囲でなじみがあって、新しすぎない」ものがヒットするという本書のテーマ通りの内容になっているわけだ。
この本をおもしろがって読む行為こそが何よりも、本書の主張の正しさを裏付けていくという鮮やかなデザイン。
こと作文に於いては、こういうギミックを狙ってできるのが凄いんだろうな〜〜
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