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読むSNSこと『イン・ザ・メガチャーチ』 (#623)

テキスト, 読書

SNSも暫くおもんないしと『イン・ザ・メガチャーチ』を電子で買ったのだけれど、これってSNS断ちできてますかね…?

まさかこんな作品だとは知らなかったぜ。読むSNSです。

本当に褒め言葉だけれど、とても性格が悪い。

2020年代のある側面をここまで解像度高く切り取った小説は無いんじゃないだろうか、もはや写実的とすら言える文章で怖かった。

娘との距離感や仕事以外の人間関係の希薄さに孤独を感じるおじさんも、

国際色の強い大学に通って物事の「正しさ」に息苦しくなる大学生も、

多くない稼ぎを推し活につぎ込むことで日々を乗り越える同僚女性も、

どれも自分と遠からずな、そしてSNSを通じて身近な話題だ。

そんな寄る辺ない思いを抱えて生きる僕たちの指針は「物語」にこそあるのだと語られる。

「物語」の時代

僕たちは「物語」を選択して消費している。

そのブランドがSDGsに即しているか、親イスラエルでないかという指標がある。

デビュー前のオーディション段階から番組が組まれるアイドルグループがある。

これはすごく自分にも当てはまるというか、そのもの単体の価値ではなく背景を見てしまうのはあるあるですね。

自分たちで膨らませる物語もあれば、誰かが仕掛けた物語もある。その物語を選んでいるのか選ばされているのか…情報が見えすぎる時代には付加価値の部分こそ本命になり得るというのは確かにそうだなあと。

「視野」を狭める幸せ

チャンピオンズリーグの戦術を学んでも、パレスチナの戦争に心を痛めても、自分は何もしていない。部屋でスマホを触っているだけだ。

同様に「クラスで1番」「村の勇者」は生まれづらい。SNSを見ればすぐに日本ランカーや世界トップの情報に手が届く。このやるせなさは何なのだろうか。

そんな広がりすぎた視野に戸惑う僕たちが、あえて視野を狭める選択を取るのは自然な生存本能なのかもしれない。

推し活はともかく、何かに夢中になっていたい、本当は冷笑なんかしたくないというのは皆抱えている切実な感情なのだ。進撃の巨人のケニーも同じこと言ってましたね。

好きなシーン(ネタバレ)

「視野を狭めるのって、やっぱり楽しかったですか」

内緒話をする子どものような、小さな声だった。

この小説で唯一浮いている、絶対神のようなキャラクターとして存在していた国見の最後のセリフだ。

彼女だけ被弾することなく作品は終わるわけなのだけれど、最後に下界に降ろした、彼女もまた人間でプレイヤーなんだなと思わせられたこの描写がグッときた。

このシーンがあることで国見の今後を予感させるというか、決して「メガチャーチ」の外側にいるわけじゃないよと念押しする容赦なさで一本芯が通って完成している。

最後に

この作品が真に文学か、と問われると答えはNOだ。

おそらく本当の意味で楽しめる賞味期限はとても短いだろう、そういうタイプの小説だ。

けれど『イン・ザ・メガチャーチ』はそんな類いの問いにある種の回答を先打ちしている構造があるし、現にこの小説は驚異的な売上を挙げている。

作者の朝井リョウはこの小説を書きながら何を思っていたのだろう。もはやそれが1番気になるまである。

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