『真・女神転生II』に見る大人の事情 (#620)
唯一神ヤハウェがボスで出てくるゲームあんまりないじゃないすか。『真・女神転生II』やりました。
1994年のゲームがswitchの「Nintendo Classics」で配信されているのだけれど、「1994年のゲームだあ〜〜」って鳴き声をあげながらプレイした。
この時代においてこれだけクラシックな気持ちになることがあるだろうか否、本当にゲームをやっているなという体験だった。
ちょくちょく名前を聞くくらいには名作と扱われているだろう本作、確かに音楽や世界観は前作『真・女神転生』からパワーアップしていて良かった。
特に戦闘BGMはロックテイストでカッコ良いし、かつ絶妙に違和感のある構成になっていて聴き飽きないのが偉い。
魔界まわりのBGMも真1の大破壊後の雰囲気を継いでいて雰囲気がある。
シナリオも、記憶を失った主人公と世界を粛清にかかる巨大宗教組織、という先の気になる展開で特に中盤はしっかりハマって進めていた。
じゃあ何時間もやってようやくエンディングが流れて、最初に思った感想は何かというと、「別におもしろくはなかったな」ということになる。
これは映画の体験に近い。観ているときは見入っているけれど、終わって冷静に振り返った瞬間から「これなんだったんだろうな」となるやつだ。
そんな諸々をねじ伏せて走りきれる作品が名作だとすると、真2は致命的に後半が尻すぼみなのもあって、名作…?ということになる。
まずなんで真1からプレイアブルキャラクターが減るんだよ!
最初にキャラクターにいっぱい命名するのに、一生ヒロインと2人旅だとは思わないじゃん。
しかもこのヒロイン全然喋んないし主人公の母親だしなんなんだよ。
主人公の母親だしなんなんだよ。
そして銃が強すぎるだろ!
適当に金策して強い銃を買った瞬間から悪魔がゴミのように死んでいって「うお〜〜スーパーファミコン〜〜」となった。『銃・女神転生II』だよ。
ヒット数が敵の数より大きいと1ターンで2回同じ敵に当たるというイカれ仕様に加えて、魔封じの弾が体感50%くらい効く。物理とバフが同時に完成している。
あとチャートが難し過ぎるだろ!!
次に進むフラグの立て方がマジで分からないし、キーアイテムがノーヒントで散らばっている。これまでに行った場所をダンジョン含めて総当りする体験を「うお〜〜スーパーファミコン〜〜」で片付けて良いんすかね???
いまだに旧水道橋にほこらがあることとベテルギウスがいた場所に木星のピラーがあることを僕は許していないよ。
ところで終盤魔界に入ってから全然シナリオが無くなって、ただボスが出てきて倒すだけのゲームになったのはどういうことすか。そういう本当のやつはやめろ。
真1:1992年10月30日発売
真2:1994年3月18日発売
……うーん、大人の事情を本当に感じるぜ。
1年半でゲームを作るって凄い(婉曲)プロジェクトだなと遠からずな業界にいる僕は思いを馳せるのでした。
特に真1はエンディングの曲が1番好きだったから期待していたらエンディング曲無しで終わったのが本当に凄い。ホントに前から順番に作ってるんだ。
いやほんと、ゲームに文句を言っているときほどゲームを楽しんでいる瞬間ってないねとまた思わされた体験だった。あとヤハウェは殺しちゃダメだと思います。





















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